色彩は「もう一つの心の言葉」です。 色は私たちの感情や記憶と深くむすびつきながら日々を豊かに彩り、心身に様々な作用を及ぼしています。色を使った表現を通して心を元気にしたり自分らしさを育てたりするアートセラピーを社会に活かしていきたいと思っています。

6年生の日本画体験授業

府中市若松小学校で、6年生の図工の時間に日本画体験授業があり、お手伝いに行きました。

私が日本画を教えていただいている阿部アヤ先生が担当され、私はアシスタントとして参加させてもらいました。

若松小学校の図工の大杉健先生は、青いつなぎがとてもよく似合っていて、教務主任も務めながら武蔵野大学にも講義を持ち、ご自身は立体の制作をされるというとてもパワフルな方。言葉のはしばしに子どもたちや美術教育への愛情を感じる先生です。

日本の文化に触れるというテーマの一つとして企画された今回の日本画体験、大杉先生に案内されてさっそく図工室へ。

図工室、なんだか懐かしい。
木の大きな机に四角い椅子。棚いっぱいにいろんなモノが積まれていて、廊下にも子どもたちの作品やなんかがいっぱい置いてあって、その雰囲気だけで、なんだか嬉しくなってしまいます。

30名ほどの6年生が次々入ってきて着席。

最初はなんだろうなあという雰囲気の子どもたちでしたが、ひとつの机に集まってもらって、阿部アヤ先生が子どもたちに粉状の岩絵の具や膠(にかわ)を見せたり、実際に小皿に絵の具と膠をいれて指でといてなじませたりすると、みんなの表情が見る間に真剣になっていきました。

子どもたちにとっては日本画の粉状の岩絵具も膠(にかわ)も初めてなのですね。
日本画という言葉や画家の名前は知っていても、それがどんなふうに描かれているかというのは、大人でさえ普段なかなか馴染みがありません。

子どもたちも少量ずつ絵具を小皿に入れてもらい、膠をいれて指でといてなじませるという作業を面白そうにやっていました。




緑くださーい。」と言う子に、大杉先生が「緑って言う子にはあげないよ。なんて色だっけ?」というと
「えーーーっと、ろくしょう(緑青)。」

赤くださーい。」
「じゃなくて?」
「えっと・・・・・岩・・・緋?」
「そう、いわひ、だね。」

そうそう色の名前も大事です。
白群、珊瑚末、鶯、柳葉、若葉、紅、山吹、などなど本当に美しい名前がついていると思います。

みんなとても楽しそうにハガキ大の作品をそれぞれ2枚づつ制作して終了。楽しいあっという間の90分でした。




今回の若松小学校のように、子どものころに、日本画という自然につながりの深い文化や、時間のかかる手作業に触れることはとてもいい経験になると思います。

小さい時からスマホがあって、なんでもタッチパネルで済ますのが当たり前な今、AI(人工知能)もますます進化し子どもたちをとりまく環境はどんどん変わっていきます。私たちの子どものころとは、まったく別次元です。自分をゆっくり育てることやしっかりとした自己肯定感をもつことが、今後ますます難しくなっていくのではないでしょうか。

だから、ちょっと珍しい日本画の画材を体験し、色を味わったことが、なにか心に残ってくれたら・・・きっと今日の体験が生きると思います。

私たち大人も、子どもたちにいろんな形で日本画のことを伝えていければと思いました。


終わってから何十年ぶり!?の給食もいただきました。
おいしかったです。
ごちそうさまでした。
  


  • 夏から秋へ!季節も人生も

    7月の「ハートアート展」も終わり、ほっとしたのもつかの間、超多忙な8月をすごしました。

    三鷹市内の高齢者施設での新しい仕事も始まり、アトリエにも新しい子どもたちが入会してくれました。なにより例年の夏休みとはちがって実に多くの子どもたちがお休みすることなくアトリエに参加してくれました。

    そして暑い暑い夏の終わりを告げるかのような、8月の最後の日、富山から懐かしい人が訪ねてくれ、20数年ぶりの再会をはたしました。

    訪ねてくれた彼は今年49歳、今井もとしさん、私が富山で中学校の美術教員をしていた30数年も前、美術部の部員だったメンバーのひとりです。

    富山で当時教師として勤めはじめたばかりの私は、みんなよりちょっと年上なだけで教員としても社会人としても実に未熟でした。

    1学年11クラスもあるようなマンモス校で、授業、研修、さまざまな行事など緊張の毎日。とにかく若くて一生懸命なだけの、持てるエネルギーを精一杯そそぎこむような日々の中でなんとか学校に勤めることができたのも、放課後の美術部の存在があったからこそです。

    教師という仕事にどこか違和感をぬぐえない中で、授業以外の場で直接中学生だったみんなと触れあうことができたこと、美術部の顧問としてみんなと一緒にいさせてもらったこと、それは今の自由表現のアトリエの活動にもつながる仕事の原点であり、自分にとっての「心のオアシス」のような大事な時間でした。


    15歳と25歳だった中学生と教師は、49歳と59歳になりともにシニアの域にはいりました。(なんか、年の差が縮まったような・・・)

    互い容貌の変化はこれはもうねえ、はい、20年、30年ですね、て現実だから。しっかり時間が積み重なっています。

    2時間ほどランチしながら、今井さんから美術部のみんなのそれぞれの人生の苦労や出来事、そして現在のことをたくさん聞きました。私は富山を離れてしまい、その後もほそぼそとは繋がってきた関係ですが、思いだされるのは当時の教室や中学生の頃のみんなの顔立ちそのままです。

    なのに今井さんの携帯には、LINEで他の男性メンバーからお孫さんの写真が添付されてきたり(孫って!!、お孫さん?!)、女性メンバーが優しい声を聞かせてくれたり・・・。(この同時性に想像力が追い付かず、メモリーオーバーになりそうな私でした。)


    富山から訪ねてくれた今井さんは、これからの人生を政治の世界に捧げたいと言います。
    この国がいま向かおうとしている方向に、はっきりと異をとなえ、本当に必要なことに目をむけ行動することはどんなに力のいることでしょうか。
    政党には属するものの、資金といい、人間関係といい、聞けばきくほどあまりにもクリーンな彼のありように、しっかりした眼差しと強い信念を感じました。
    古い体質の色濃い、保守王国富山に新しい風は吹くのでしょうか。
    いえ、吹かせてほしい。
    さまざまな差異をこえて誰もが安心してくらせる、あたりまえの社会を作っていきたいと思うだけなのに、今それがとても難しい。
    だからこそ、こころから彼を応援したいと思いました。


    年齢を重ねたからこその、ゆるやかな、再びのつながり。
    共に、人生の節目であり、新しいスタートにたっているそんな秋です。



                                御岳山のレンゲショウマ